次の文章を読み書け

 

元朝早々主人の許もとへ一枚の絵端書が来た。これは彼の交友某画家からの年始状であるが、上部を赤、下部を深緑で塗って、その真中に一の動物が蹲踞うずくまっているところをパステルで書いてある。主人は例の書斎でこの絵を、横から見たり、竪たてから眺めたりして、うまい色だなという。すでに一応感服したものだから、もうやめにするかと思うとやはり横から見たり、竪から見たりしている。からだを拗ねじ向けたり、手を延ばして年寄が三世相さんぜそうを見るようにしたり、または窓の方へむいて鼻の先まで持って来たりして見ている。早くやめてくれないと膝ひざが揺れて険呑けんのんでたまらない。ようやくの事で動揺があまり劇はげしくなくなったと思ったら、小さな声で一体何をかいたのだろうと云いう。主人は絵端書の色には感服したが、かいてある動物の正体が分らぬので、さっきから苦心をしたものと見える。そんな分らぬ絵端書かと思いながら、寝ていた眼を上品に半なかば開いて、落ちつき払って見ると紛まぎれもない、自分の肖像だ。主人のようにアンドレア・デル・サルトを極きめ込んだものでもあるまいが、画家だけに形体も色彩もちゃんと整って出来ている。